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2006年 01月 28日
Slow Forward
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一歩一歩前に進んでいく…
決して後ろは振り返らない
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by wavesounds | 2006-01-28 22:22
2006年 01月 26日
ごちゃごちゃ
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部屋の中も頭の中もごちゃごちゃ…

関係ないこの二つも意外に繋がっているのかも知れないね。

そして大きなパキラは私の大切な友達。
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by wavesounds | 2006-01-26 22:57
2006年 01月 24日
光と影
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真ん中のケーブルの影に見えるものがここ数日日本中を騒がせたあの舞台。
大金と名誉と言う光を手にした彼が一夜にしてみた闇…
光と影そんな言葉が一番似合うのかもしれない。
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by wavesounds | 2006-01-24 22:05
2006年 01月 22日
東京


荷物を整理していたら偶然現れた行方不明になっていたCD。久しぶりにこのCDを聞いてみた。
これを買ったのは丁度10年前1996年の2月。それは私が高校一年生の終わり頃(若すぎ)
当時の私は得に目的もなく勉強するわけでもなく普通の高校生(と願いたい)趣味といえばたまに撮る写真と音楽だけなのかな?って今になって思い出すけど。音楽といっても今のようにMTVやスペシャが普及している時代でもないしもっぱら先生はロキノンとラジオ。そんな私がラジオを聞いて惚れたのがこのサニーデイサービス。曽我部恵一(vo&g)、田中貴(b)、丸山晴茂(dr)の作り出すサウンドは「平成のはっぴいえんど」「ポストフリッパーズギター」なんていわれていた時期もあったけど(笑)
もう何千回聞いただろうな。当時周りにはこんな音楽を聴いているや奴はいないからやきもきしていたのをふと思い出す(笑)。シンプルなギターサウンドと曽我部氏の歌声とコーラス。サニーデイのアルバムではこれが一番好き。
このアルバムのタイトルに漠然と憧れ東京というものを目指すきっかけになっのかもしれない。彼らが作り出したアルバムは東京という町で作られ感じたものだなって思ったらそこを目指そうかなと思ったのかもしれない。その後の進路も漠然と東京の大学となったりしたんだと思う。最近センター試験のニュースを聞いてそのことを思い出した。
結局東京の大学に受かって東京の街に住んでみると曽我部氏と偶然明大前の食堂で会ってサインと写真を撮ったり下北のBARで見かけたり東京って凄いなって思ったなあ。
そんな事をこのアルバムを聞きながら思い出した今日この頃。

ちなみに暇だったので今日新聞に載っていたセンター試験をやってみた。
以下結果。
国語   121点
英語   113点
日本史B  69点
自分でもびっくりの結果。もちろん現役の頃はもっと良かったです(プチ自慢)

東京
サニーデイ・サービス / ミディ
ISBN : B00005FE0A
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by wavesounds | 2006-01-22 23:14
2006年 01月 20日
今日の空模様51
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これは一週間前に撮ったもの。
雑念がある状態ではこのような写真しか撮れません。

カメラは当分触らない事に決めた。
まずはゆっくり一つ一つの問題を解決していこう。
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by wavesounds | 2006-01-20 00:36 | 今日の空模様
2006年 01月 17日
日常にはいろんな音がある。
誰しも「音の波に揺られて…」生きている。

最近私の耳はおかしな音を感じるようになった。
左耳でぼーっと耳鳴りのような音がなり続けいる。
それは突然私の体に現れた。
ボイラーの音のようにも聞こえるし冷蔵庫のモータの音にも聞こえる。
最初は本当にその音かなって思ったし気にしていなかった。
生活していると気にならないがトイレの中や寝る前や外を一人散歩している無音の時に聞こえてくる。
それが何なのか判らなかったが気になるとその音が次第に大きくなる。
私は音楽が好きだし自然の音(雨音や風の音や雷鳴)が好きだから極力いつでも音の波に揺られている。
正直無音状態になるのはあんまり無い。
だから気がつくのが遅れたのかもしれないが結構前からこんな症状があったのかもしれない。

人間は通常20Hz~15000Hzもしくは20000Hz程度の音を感じることができ、これを可聴域という。音とは、物体の振動の周波数が人間の可聴域にあるものを指し、また物理的実態に対する呼称として音波(オンパ)とも言う。可聴域外にあるものは超音波あるいは低周波と呼び。音波の情報が聴覚系により神経活動情報に変換され脳において「音である」と認識される。それは空気を振動して伝わる場合もあるし音波の情報が聴覚系により神経活動情報に変換され脳において「音である」と認識される場合がある。

今回の私の耳における耳鳴りにも似たものは神経が過敏になっており普段聞こえない物が聞こえている状態でもあるのではないかって思う。医師によれば突発性難聴 (Sudden Deafness)の疑いがあるという。主な症状としては特別なきっかけもなく、ある時突然に、通常片側の耳が聞こえづらくなる病気でストレスからこうなる場合も多く見られるらしい。

昨日の記事に書いて下さった方もいたけど私は昔から色んなことに関して感受性が高い。
常にいろんなことに対してアンテナを張り巡らせていたりする。色んなものを吸収できる反面そんなことを続けると人の気がつかない所まで気がいって気疲れしてしまう。つまり処理能力以上の情報を吸収してしまう。
私の写真はその感受性から作品が生まれている気がする。今は写真や美に対する感度が落ちているのが判る。撮っても自分じゃ無いようなものが生まれてくる。
今日もその頃に撮った写真を載せようと思ったけど止めた(リクあれば張ります)

昔っからオーバーヒートだったり繰り返したけどそれを改めようと思ったことは無い。
自分がやっていることは間違っていないと思っているしそう信じて生きてきた。
信念を持つってことは大切だけど生きていくとその信念も変えなくてはいけない状況に出会う。
例えば人を見て態度を変えるなんて昔は大嫌いだった。でも今の私はそんなこともなんとも思わずやってのける。
仕事だからとかという一番自分を納得させやすい理由をつけたりしながら。ふと気づくとそんな自分にも軽蔑を抱いていたりする。
そうやってなんでも消化するように生きている。今回はそれを消化しきれていない部分が出てきた。希望があるのに不安しか見ていないで…

今はそんなことを忘れ一人音楽を聞き入る。
耳の神経が過敏になっているそのことを逆に生かしてしまおうと思い音楽をかける。
音に敏感になった分音楽を聴いてみる。不思議と今までと違った感度で音が聞けることに気づいた。
間接照明の淡い光を浴びながらジョン・コルトレーンのバラードをそっと耳に入れる。
そう言えば先日行ったバーで「SAY IT」が流れていた。
そんなこともあったなーなんて思いながらその事を思い出してみたりする。

音というのは娯楽という感覚だけではなく聴覚によって思い出をも呼び起こさせる。
数年前に買ったCDを今改めて聞くと全然違った思いで聴けるし当時の思い出が出てくる。
そんなことがあるから音の波に揺られると自然と涙が出てきたりする。

私の音の源流は波の音。
子供の頃から海が近い場所に住んでいた。
何かがあると一人で海に行って星を見ながら波の音を聞いていた。
深夜に自転車を走らせて波の音を感じていた。
高校時代に彼女も誘って自転車を漕ぎながら深夜の海に向かったこともあった。
今音楽を聴きながらそんなことを思い出した。
そんなことを思い出した今日この頃。


追記
今までの文章とまったく違うので違和感を感じられる方がいるかもしれませんがどちらかといえばこちらの方が素に近いです。




バラード
ジョン・コルトレーン / ユニバーサルクラシック
ISBN : B000AA7DZ0
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by wavesounds | 2006-01-17 22:03
2006年 01月 16日
考えること…
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突然の休止宣言で申し訳ない。
全てではないけどその一端をここに記しておこうと思いPCを開いた。

日々生きながら何とも思っていなくってもふとしたことの積み重ねで私の精神状態もいつの間にか壊れていた。
正確に言えば気づかない振りをしていたのかもしない。
私の場合はピーンと張っていたものがぷっつりと瞬間切れてしまった。
HDDの破綻は実際全く関係無い。自分の置かれている状況そして現状。そして本当の自分。

最近は同じ空、同じ雲を見ても何も感じない。写真を撮ろうという気持ちにすらならない。
いわゆる抜け殻って言う状態。当然人間もPCも限界がある訳でキャパを超えた作業をすればどこかしら限界が出てくる。結局そうしたのも自分である(それこそが被害妄想の始まりとも言うけど)

私の中では「四面楚歌」という言葉が頭にずっと浮かんでいた。
「四面楚歌」とは前漢の歴史家、司馬遷の『史記』に書かれている話で周囲がみな敵で、孤立無縁なようす。
実際そんなことではないんだけどいつの間にかそんなことを考えている。

それは妄想の一種。うつ病や統合失調症によく見られる状況。
誇大妄想、被害妄想 、関係妄想 、罪業妄想、心気妄想、貧困妄想 。
この類の統合失調症では中脳辺縁系のドパミン神経の過活動が妄想、幻覚の発生に関与しているのかもしれない。しかし考え方によっては一時的に妄想状態に陥ることがあるがそれは現実から遊離する事によって精神的なダメージを回避しているとみなすこともできる。ジョン・シュタイナー「こころの退避」にによればその行為は心の逃げ場を作っているのかもしれないという風にも取れる。そんな心の状態の自分がいる。

今朝ふと道端を見ると雪が解けて久々現れた草木が目に映る。生きていくには大変だが傍にある草木は寒さでも育っている。どんな厳しい状態に置かれていてもただまっすぐに生きる草木。先日まで雪に埋もれていながらも力強く咲く草。私の違いは何なんだろう。私はいつからそんなことを考えるようになったのか。

目くるめく思考。そして浮かぶ煩悩。
その数々を動きもしないで頭で消化している現状。
その妄想ばかりが大きくなり次第に自分を追い詰める。

そんな折、先日学生時代の友人に会った。
久々に会う友人は光り輝いていた。自信に満ちて生きている様子。
毎月海外に飛んで年に4回はNYやヨーロッパにも飛ぶ。そんな風に働いてる人。
でも私と接しているその姿は学生時代と何ら変わらない。
「大丈夫?やつれているよ。何かあったら聞くよ。でも昔から○ちゃんは言いたいことは自分で言うしね。言いたくなったら勝手に言ってね。」
数年間会っていなくっても19.20歳の頃と変わらないままの関係がそこにあった。
私はその言葉でで泣きそうになった。数年間会っていなかった私たちが今回会っていたのはたった一時間だけど昔を思い出すことが出来た。
円満で自信に満ちている彼女も不安で一杯だし色々悩んでいたり人間不信でいた。
誰だってそうゆう面を持っているんだよね。私だけが特別じゃ無い。
彼女も私と同じで自虐的なことを笑いながらネタの様に言う。思えばそこからお互い似ているんだねと生まれた友情だった。そんな話もしていたのが懐かしい。
心が弱りきっていてもう少し一緒に色々話していたらいたらその場で泣きそうだった。
人前だと泣けないんだよね。いっつも影で一人で泣いていたな。自分の思いは自分だけの中に押し込む。そう考えると私は昔からいつも孤独で寂しかったのかもしれない。
今までもその寂しさからネットの世界に逃げて皆さんとこうゆう場で交信していたのかもしれない。

彼女と会って下らない昔話を話しているうちに自分が昔から好きだった言葉を思い出した。

「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。」

これは「孫子の兵法」の有名な一節。
「敵を知り、己を知れば、百回戦っても負けはしない」
「戦う時と戦わなくてもいい時を見極めよ」という「方程式」。

これは『勝つ為の方程式』であり『負けない方程式』でもあると思う。
敵というか相手を知りそして自分を知っていれば争っても問題ないし争うまでも行かなかったり
自分はどうだろうか。ふと考えてみる。自分自身を良く知っていないのかもしれない。知っているけどその見極めが出来ないのかもしれない。
私はやるべきことに最善を尽くしているのか?楽しいことも楽しいと思えないでいるんではないだろうか?何もしないで考えているのはやめようと思った。

何かに挑むときは不安と希望が入り混じっている。私はそれについて不安しか思い浮かばないでいた。
取り合えず考えずに前に一歩一歩進んでみることにした。どうなろうとも、結果が良くなくっても。そう思うことにした。まずはそこから始めよう。そんな風に思えた今日この頃。


追記
コメントレスが遅れていますがいつか返信をしたいと思います。
気長にお待ちください。
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by wavesounds | 2006-01-16 20:21 | 戯言
2006年 01月 11日
月と星
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この星のように輝きたいなあ


一様生きております。
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by wavesounds | 2006-01-11 00:41
2006年 01月 05日
こんにゃく
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こんにゃくも人間も時を重ねると上質になる…
こんにゃくの味もこの親父と似ているのも当たり前。

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by wavesounds | 2006-01-05 22:34
2006年 01月 04日
たこ焼き
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職人の手練の技。夫婦のコンビネーション。
見ていてとても小気味良い。
小麦粉の中にはたこ以外にも魅惑の世界がある。

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by wavesounds | 2006-01-04 20:56